浦上天主堂は、浦上のカトリック信徒を中心に、30年の歳月をかけて赤煉瓦を一枚一枚と積みあげて大正14年に完成し、双塔の高さが26メートルに及び東洋一を誇っていたが、ここも一瞬にしてドームは落ち、わずかに赤煉瓦の堂壁を残して壊滅し、さらに夜に入って炎上した。西田三郎、玉屋房吉の二人の神父と、奉仕作業をしていた信徒十数人が天主堂と運命をともにした。また、堂内に保管中の非常米2,482俵と素麺等約1,000箱が焼失した。