福済寺は寛永5年(1628)の創建で、中国文化を語る長崎の代表的な文化財であった。
火災は午後に入ってからのようだが、長崎市内で最後まで燃えていたのは福済寺だったといわれている。2日間燃え続けたという。
開山堂、仙人堂、大雄宝殿(本堂)、護法堂、鐘鼓楼、庫裡、大書院、隠寮、青蓮堂、大観門、山門など甍を並べた大伽藍が次々と炎上した。
かずかずの国宝建造物を始め、宝物一切も一夜にして焼失し、残ったのはただ広い境内のみとなった。目撃者の話によると、まさに青蓮、紅蓮の炎が夜空を焦がしたという。
境内の一隅に残った石造の羅漢像の空を眺める姿が印象的だった。 |