長崎市は、本日、ここに第31回目の原爆被爆の日を迎えた。あの日、8月9日、一発の原子爆弾は一瞬にしてこの街を地獄図絵と化し、父を母を肉親を、愛する人々の数々を、見るも無残な姿で奪い尽くした。
漸くにして生き延びるを得た者も、今なお放射能の黒い影におびやかされ、未知の不安に曝されている。
自ら被爆し、阿鼻叫喚の中を生きたわれわれ長崎市民は、原爆の恐怖、その非人道性を身をもって体験した。人間の歴史の上に再び、この惨禍を繰り返してはな らない。この願いは被爆市民としての、人間としての、ぎりぎりの悲願であり31年間、血の叫びとして、核実験の禁止、核兵器の廃絶を叫び、世界恒久の平和
を訴え続けてきた。これは、まさにわれわれ長崎市民の全人類に対する責務であり、使命であると確信する。
しかるに、世界の現状を見るに、われわれのこの平和への願いに反して、現実はあまりにも厳しい。国と国との紛争は未だにあとを絶たず、絶えず人心をおびやかし続けている。
今日、地球上に貯えられている核兵器は、質・量ともに驚くべきものがある。この核兵器は、地球上の全人類を何回も何回もみな殺しにしてなお余りがある。し かもなお、核兵器は、造り続けられ、核実験は繰り返されている。この一年間に行われた核実験は、27回にも達する。この実験の強行は核戦争の危機を増大さ
せ、人類を絶滅へ導くものとして極めて遺憾である。われわれは被爆市民の名において、関係諸国に対し、怒りをこめて抗議し、警告してきた。
なお、核保有諸国にあっては、人類の繁栄と幸福という共通の目標に向かって、今後一切の核実験を中止するとともに核兵器廃絶のため国際協定の締結が実現するよう、勇気ある決断を強く要請する。
政府は先に核兵器不拡散条約の批准を行い、核武装の放棄をあらためて内外に表明した。わが国の非核政策を国際的に主張できる基礎ができたことは、大きな前 進であり、今後、わが国の核軍縮に関する積極的な努力を期待する。また、漸くその兆が見え始めた核兵器禁止の声が、やがて核兵器廃絶の世界的な国際世論に
まで高められ、大きな輪となって地球上に満ち溢れることを切望する。
思うに、人間は遠い過去から現在に至るまで、常に平和を望みながらも、幾度となく悲惨な殺し合いを演じてきた。この空しい繰り返しは、今やわれわれ人間の 英知と良心とによって絶たれねばならない。人間の心の中に育まれる人間尊重の精神こそが平和を築く力の原点であることに思いをいたし、国境を越え、民族国
家を超越して、全世界の一人一人の心の中に「平和のとりで」が築かれねばならない。人類絶滅兵器である原爆が発明され、製造され、使用され、その惨虐性が 明らかになった以上、もはや絶対に戦争はすべきではない。
去る4月、パリのユネスコ本部において日本文化祭が行われたのを機会に、この長崎市民の悲願を訴えるべく原爆資料の展示を行うとともに被爆天使の像を送って長崎市民の平和への祈りの証とした。
また、近く広島市長とともにニューヨークの国連本部を訪れ、被爆市民の深刻な体験と原爆の非人道性を訴えるとともに、核の廃絶と世界の恒久平和のため、国際的な措置がとられるよう要請する所存である。
本日、原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に当り、あの劫火に焼き尽くされた人々の冥福を祈り、生き残った人々の援護が国家補償の域にまで高められるよう、被爆者 援護のいっそうの推進に努力することを誓うとともに、全市民あいともに力を結集し人類永遠の平和確立のため、さらに決意をあらたにして力強く邁進すること
を、ここに宣言する。
8月9日
長崎市長 諸谷 義武 |